May 31, 2005

市場とノイズ

稲虎さんのブログで、バリューとプライスとノイズについての記事があったが、これには自分もほぼ全面的に同意できる。
あまり追加するようなことも少ないのだが、思ったことを少し。

株式市場において、ノイズによって、プライス(株価)が割安になっていたり、割高になっていることは常である。これは間違いない。そうでなければ、毎日刻々と株価が変化すること自体が間違っている。

では、バリューはどうなのか?
企業分析によってある程度理論的なバリューは算出できる。だが、これもある特定の人物のある手法によって見積もられたもので、唯一の真理ではない。
これは市場(いちば)で取引される他のモノでも同じである。絶対的な価値は誰も決められない。
スーパーの野菜などは個体差があるので比較するのは難しいが、バラツキの少ない電化製品などの工業製品を例に考えると、定価というものが存在しなくなった現在にあって、同じモノであっても、それを4万5千円で買う人もいれば、5万円で買う人もいるのが現実である。それぞれが価値を認めてお金を払っているわけだ。
価値が認められないものは、いくら価値があると主張したところで、高い値段では売れない。人間社会なんて理不尽なことだらけである。

そもそも自分が出している指値自体がノイズになっていることはないのか? その買値や売値の妥当性は?

自分の投資(投機?)がバリュー投資かどうかは別にして、ノイズによる価格の上下によって収益が得られている点は否定できないので、得られた収益のほとんどがノイズの恩恵によるものだったとしても、喜んで受け入れる。
自分が見積もったバリューが絶対に正しいのであって、市場(ノイズ)の評価は間違っている、と思っていたとしても、それは自分の思い込みに近いもので、その投資による最終的な結果は、市場からのみ導かれる。決して投資家や経営者が決められるものではない。


自分の場合、性格が大雑把なので、企業分析もザックリ見ることが多い。細かい分析をしても、精度は上がるかもしれないが、100%正確な分析は不可能なので、個人的には他のことに時間を使いたい。
また、投資に割り当てた資金は、生活資金とは別のものと考えている。例えば、一般の日本人が100ポンドといっても直ちにピンとこないように、別の単位の数字だと思うことにしている。外貨の場合はその点で客観的な視点を持ちやすい。そうじゃないと、売り買いの決断に躊躇したりなど、冷静な判断ができないことがある。今回の損失が生活費の何日分かなどと考えるのは最悪である。長い目で見て、得か損かを冷静に判断したい。

月次売上データなどの細かいデータが得られるところは別にして、企業の業績予測なんて、これほどいいかげんなものは無いと思うし、経営者でもあまり当たらないので、ましてや部外者が予測するのには無理がある。業績予測自体がノイズ要因を多く含んでいるような気がする。
自分の経験から考えても、売上予測などは、各部門の現場から上がってきたデータをもとに、部門長などが経験則を考慮して算出し、それらを全社的に集めて積み上げ、細部を調整して出されるようなものが多いんじゃないかと思う。かなり需給予測が正確にできて、天候などの外部要因に左右されない場合でも、月毎部門毎で数%ブレるようなことは当たり前にある。また、きついノルマによって予測を高めに設定するようなこともあるかもしれない。

この点、Googleは、自社では業績予測自体を行わないので、好感が持てる。現在のデータと自分自身による将来の見込みだけで、変なノイズに惑わされること無く、買いか、売りか、何もしないかを決めればよい。現在の株価によるノイズはあるけどね。
自分では、ある程度大枠のラインを設定して投資対象を選別したら、後は実行するかどうかの決断だけである。ここには感性みたいな要素が入ってくる。

これじゃあサイコロやギャンブルと変わらないんじゃないか? という意見もあるだろうけど、自分の中ではある程度の確率があることを認識してから行動に移すようにしている。現在から未来を見ることは誰もできないので、投資といっても将来の不確実性に賭けていることに違いはない。
自分の方針の原点である、全てを相対的に評価し、何に価値があり、何が儲かるのか? を根底に考え、自分を見失わないようにしたい。

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