November 30, 2005
構造計算書偽造問題
少し問題が落ち着きそうなところで、ちょっと独り言をだらだら。
結局、悪いのは構造計算書を偽造したことだし、関係者はほぼ同罪だろう。
これは構造的な問題だと思うので、真の問題解決はかなり難しいと思う。(そのへんは後で述べたい)
この件の表面的な問題解決はいろいろと手はあるかもしれないけど。
マスコミの報道はと言えば、いつもと同じ調子。
相変わらず、エンターテイメント仕上げである。
犯人探しをしてみたり、責任のなすりつけ合いの茶番を見せつけたりなど、本質が全く見えてこない。
基本的に視聴者のレベルに合わせて作られるものなので、自分らもこの程度のレベルなんだと思うと、情けなくなってしまうが、まあ仕方がない。
しかし、木○建設の取引先銀行は素早い対応だったなあ。当座預金と債務の相殺で即死状態になってしまったけど、よかったのかなあ。
そして、ここに責任を全てかぶせるようにすれば、死んだ者には責任をとれないので、シャンシャンで終わり。
まあ、一番中心的なプレーヤーであったことは間違いないみたいだけど。こんな感じで処理してしまっていいのかなあ。
ヒュー○○の社長はほんとタヌキだなあ。だてに不動産業界で生き抜いて社長をやっているわけではなさそう。あそこまでやれるともう怖いものは無さそうだ。
問題のマンションを買い取る場合の契約内容もしたたかな感じ。買主の頭金分は106%として+6%のお詫び料などを乗っけて支払い、残り分は売主である会社がローン債務を肩代わりするが、所有権は会社に移転して債務は会社と買主の連帯の形になるみたい。会社がつぶれると債務だけが残って買主が負担しなくてはならなくなる。
まあ、現実的なところを考えると、会社が物件の買い取り総額を現金で用意できない限り、このような方法をとらざるを得ないかと思う。だって、この物件を担保に融資を借り替えられるとは思えないから。
自分も少し住宅ローンをかかえているので、他人事ではない。
こんなときは最悪は自己破産するしかなくなる。民事再生では無理みたい。買主ができることといえば、給与振込の銀行口座を変更して、ローンの支払いを止めて、支出を最小限にして担保物件が差し押さえられるのを待つぐらいか。
こういう非常時の場合、借金は真面目に返すより踏み倒したものの方が勝ちかなと。
もしかして今月分の支払いをしてしまった人が多いのかな、と想像してみる。
でも、こんなことをすると、しばらくはローンを組めなくなるので、良い子は真似しない方が良いかも。だけど懲りずにまたローンを組んでマンションを買おうなんて人もいないかな。
自分の場合、2~3年前に奥さんの押しに負けてしまい、家を買おうかということになり、初めはなんとなくマンションなどを検討したが、ランニングコストを考慮して床面積などで比べると一戸建ての方が割安だという結論になり、今回のようなマンション騒動に巻き込まれずに済んでいる。
なお、戸建物件も構造計算書を偽造していたみたいだけど、被害はマンションよりはいくらか軽いと思う。
今回のことを自分が構造的な問題だと思うのは、業界の体質とかではなくて、日本の不動産の価値に起因するからではないかと思うからだ。
日本の場合、土地の価値が異常に高く、建物の価値が不当に低い。しかも、30年も経つと、木造は無価値、RCでも元からするとタダ同然の価値にしかならない。
このため、経済原則からすると、安請負の建物の割合が多くなる。例えば、2割高いコストをかけて良いものを造っても、年月が経つと価値はあまり多くは残らない。
最近は100年持つと謳っている構造のマンションなども出てきているが、50年ぐらい経ったときにそういう建物の価値が認められるような環境に変わって欲しいと思う。
現状では、できるだけコストダウンして安く造ることが至上命題になっている雰囲気が強いような感じ。今回の事件も起こるべくして起こった側面もある。
この構造が変わらない限り、本質的な解決にはならないのではないかと思う。
適法だったらOKで違法はNGとか、そういう上辺の問題ではない。
また、こういうスクラップ&ビルドを繰り返すことが前提なので、街並みとか都市計画なんてものは夢の世界のものになってしまっている。
まあ日本では公共よりも個人のエゴが強く認められている点も大きいとは思うけど。
あと、今回は最近建てられたマンションで問題になっているけど、そもそも建築基準法改正前の古い建物は大丈夫なのか? という素朴な疑問がある。
古いマンションや家に住んでいたり、古いビルで仕事していて、安心していられるのかどうかは大きな問題だと思う。
基準の30%の強度しかないと大騒ぎしているけど、自分がよく居たりしている建物も似たようなもんかもしれないんだけど。。。
そのあたりの感性は大丈夫だろうか?
上越地震のときの長岡出身の知人の話では、基本的に古くて無対策の強度の低い建物は壊れているのである。
以前から主張していること。
しっかりした良い建物を計画的に造って長く使える社会になって欲しい。そっちの方が幸せじゃないだろうか?
土を掘ったり建てたりするだけでなく、他の需要もいろいろ出てくるだろうから、そちらにエネルギーを注ぐ方が「建設的」だと思う。
- by Gabbiano
- at November 30, 2005 07:32
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