May 26, 2006

山勘売買

自分の場合、まえがき(About this site)にも書いているけど、基本スタンスとして、最終的な投資判断は好みを優先させている。

つまり、最終的には山勘で売買しているということになる。


例えば、今月の売買についても、突き詰めてみると「なんとなく」としか説明できなくなる。
定量的にこのレベルとか、定性的にこんなところ、とかいうのは、はっきり説明できない。
一つの要素だけからみた単純な理由ではないし、自分の頭の中を簡単に説明することは無理。
でも、個人的にはこういうやり方でもOKかなと思っている。

このときの決断に至るプロセスは、全くのデタラメということではなく、過去の経験や今後の見通しなどをいろいろ総合して判断したものだ。この判断が良かったかどうかは、何年も経たないと結論が出ないと思う。現時点では誰も正解はわからない。


将来において、過去と全く同じことは起こり得ないので、過去の例をそのまま当てはめて判断するようなことはしたくない。

一方で、投資において、将来を予測することは不可能なので、自分勝手な予測に基づいて行動することは愚かなことである、という意見がある。
これについて、90%以上は正論であると思うが、人間は全く将来の予測をしないで過去の例だけに基づいて行動することはできないと思う。もしできたらマシンである。
例えば、道を歩いているだけでも、現在得られる情報を集めて、過去の経験を当てはめ、近未来の予測をしながら体を動かしていると思う。

他の例を考えると、サッカーをやっているときに、自分のところにボールが来てシュートをしたとする。どうしてシュートしたのかを説明できる?
これは、過去のいろんな経験から、自分の位置や状態、ボールの位置や状態、相手の位置や状態、ゴールの位置など、各種の状況を総合的に瞬間で判断し、最善策をとるべく、トラップするかどうか、シュートかパスかドリブルかなどをイメージして決めているはず。シュートを打つ場合は、フェイントの有無やどういうコースにどういう球種のシュート打つかなど、過去の経験から生まれるイメージをもとに、ゴールになる確率が高い方法を選択していると思う。
サッカーなどのスポーツの場合は、このようなことをほぼオートマチックに無意識のうちに決断して行動しないと間に合わない。

投資の場合は時間軸が違うので、いろいろと情報を集めたり、検討したりする時間があるが、最終的には似たようなことをやっているのではないかと思う。
ちょっと乱暴な考えかもしれないが、人間の行動に至るプロセスなんて結局みんな同じなんじゃないだろうか? と言ってみたり。


で、自分の場合は、過去に得た経験や知識と現在の状況とを、頭の中で揉んでみて、あまり願望やヘタな予測を交えないようにして、起こりそうなことをなんとなくイメージしている。そして、このイメージに対して良い結果が得られそうなことを選択して行動するようにしている。

ここで、重要なのは、現在の状況を的確に把握すること、正しい選択をすること、確実に実行すること、などかな。
意外と、思っていても行動できなかったり、頭では理解できているのになぜか間違った方を選択してしまったり、など、理不尽な結果になってしまいがちである。このへんは死ぬまで修行が必要みたい。


あと、自分のスタイルでは「好み」の要素を大きくしている。
なぜかというと、楽しみたいから。
完全に合理的な行動をすると結果は良いのかもしれないけど、つまらなかったり、ストレスが溜まってしまうようなことは避けたい。
なぜ投資をしているかというと、資産を増やすことが最終目的ではなくて、豊かに楽しく暮らすことだから。
そのプロセス自体にも楽しみの要素がないと息が詰まりそうだし、自分には長く続きそうにない。
これはやっぱり自分がこうありたいという主義にかかわることなのかな。

こうやってときどき、自分の考えや目的、手段、立ち位置、将来のイメージなどを確認しておこう。

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